三宝寺池のまわりは、木々に囲まれてしんと静まり返っていました。写真で切り取ったら、山の中にいると錯覚してしまいそうなほどです。
トイベースを石神井公園駅の近くに開設すると決めてから、周辺の地域を歩いてまわり、あらためて公園の中にも足を踏み入れました。練馬区には長く住んでいて、石神井公園にも何度も来ています。それでも、ここまでじっくり園内を歩いたのは初めてでした。見上げた木々や水辺、そして園内に置かれていた「トンボ」だけに焦点をあてた生き物パンフレットに目を奪われました。
驚きました。都内の、こんなに身近な場所に、これほど豊かな自然があったのかと。
石神井公園には、広い水面、水草の茂み、浅い湿地、小川と、いくつもの水辺環境があります。そのぶん、見られるトンボだけでも30種類以上。公園を訪れる野鳥は130種類ほどにものぼるそうです。三宝寺池の中の島を中心とした沼沢植物群落は、国の天然記念物にも指定されています。
さらに、この池には歴史の物語も息づいています。太田道灌(おおた どうかん)の軍勢に追われた豊島家の城主が、家宝の鞍(くら)を載せた白馬とともに身を沈め、娘の照姫も後を追ったという「照姫伝説」。春には見事な桜並木が広がり、秋には木々が鮮やかに色づきます。
公園そのものが、まるで地域の自然や歴史、人々の営みをまるごと包み込んだ博物館のようでした。子どもたちがその場の空気を感じて問いを立てるには、まさにうってつけの場所です。「ここを学びに使わない手はない」と強く思いました。

ただ、いい場所に出かけさえすれば、それだけで豊かな学びになるわけではありません。
大人が「フィールドワークに行こう」と計画を立てるとき、たいていは「ここに行って、これを見よう」とあらかじめ決めます。でもそうすると、「これを見れば、これが学べるはずだ」という枠の中に収まってしまいがちです。下調べしたことを確かめに行くだけの、予定調和な作業になってしまう危うさもあります。
その状況が一変するのは、思いがけず「人」と出会ったときです。
その場所に行ったからこそ居合わせた地元の方から、ふと昔の話を聞く。そんな突発的な出会いから得られるものは、誰かが用意した教科書には載っていない、最高の一次情報です。
話を聞くうちに、「だったら、これはどういうことなんだろう?」と、自分の中から新しい問いが次々と湧いてきます。気になってまたその人に質問してみたり、持ち帰って図鑑で調べてみたり、何かを工作して実験してみたり。ひとつの偶然から、学びの連鎖がどこまでも広がっていくのです。
振り返ってみると、私自身が子どもの頃に「これが学びだ」と肌で感じた瞬間も、いつも人との対話の中にありました。
小学生の頃、近所の川沿いに斜面になった林がありました。友達とそこに集まっては、当時流行っていたドラゴンクエストのごっこ遊びをしたり、枝を拾ってパチンコを作ったり、湧き水でサワガニを捕まえたり。遊びはいつも、自分たちの手で発明していました。
そこへ、散歩中のおじいさんが通りかかり、生き物のことや昔の遊びの話を聞かせてくれたことがありました。ベーゴマやメンコの話です。
当時の私たちが遊んでいたのは普通のコマでしたが、話を聞きながら、頭の中で自分の遊びと重ね合わせていました。そのコマは、今ではベイブレードに姿を変えています。おじいさんの言葉を通して、時代の移り変わりや社会の豊かさを、子ども心になんとなく実感したのを今でもよく覚えています。
だからこそ、トイベースで外に出るときも、予定調和にはしたくありません。
午後にフィールドワークへ出ることを基本に据えつつも、大人から「今日のスケジュールはこれだよ」と決まりきったメニューを押しつけることはしません。どう過ごすかを決めるのは、子どもたち自身です。雨の日であっても、子どもたちが行きたいと言えば長靴を履いて出かけることもあるでしょう。
もちろん、「今日は外に行きたくない」という子がいる日もあります。スタッフの人数に限りがあれば、誰か一人だけを部屋に残していくわけにはいかないので、その日の外出自体を見送ることになるかもしれません。
私たちは、それも大切な「学びの機会」だと捉えています。
誰かが自分の気持ちを伝えたことで、全体の動きがどう変わるのか。どうしてそうなったのか。それを実体験として感じてほしいのです。
これは決して、「みんなに迷惑をかけてはいけない」と自分を責めてほしいわけではありません。自分の選択や言葉にはちゃんと力があり、場に影響を与える責任が伴うのだと知ってほしいのです。もちろん、みんなでじっくり話し合って、「じゃあ今日は室内で過ごそう」と納得して決めるのも、立派な選択のひとつです。
出かけると決まった日も、広い公園でみんながバラバラになってしまっては安全が守れません。安全のための大枠の備えは大人が整えたうえで、「全員でまとまって歩くか」「2つのグループに分かれるか」「何時にどこで合流するか」といった具体的な過ごし方は、子どもたち同士の対話に委ねます。
予定された正解をなぞるのではなく、その日の天気、その日の気分、そして仲間との話し合いによって道が決まっていく。
石神井公園の豊かな自然の中で、偶然の出会いや予期せぬ発見に目を輝かせながら、自分たちだけの探究を広げていってほしいと願っています。





